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夜更けの攻防

師走の二十四日、深夜。


ざく、ざく、ざく、
雪道というよりむしろ雪山と行っても過言ではない山道を大きな袋を背負って歩く男が一人。

黙々と歩くその男、―野村雄三は、もちろん赤い服なと着ていなかったし、 そもそもクリスマスもサンタクロースなる老爺のことも知らなかった。


―何故私がこんなことをしなくてはならないのだ。

今日は忍術学園の今年最後の授業が終わり、教師達はささやかな忘年会を開いていた。 酒が入り、場がなごんだ頃に話は遡る。


「そうだ雄三、雅之助とは上手くやってるのぉ?」

「…っ!!!」

宴会の余興として女装していた山田伝蔵―改め伝子の一言で、雄三は飲みかけた酒を危うく吹き出しそうになった。


「…やま…いや、伝子さん、上手くやってるか、とはどういう意味です…?」

「やーねぇ、そのまんまの意味よぉ、またケンカばっかしてない?」

「…別に、必要もないのに喧嘩なんてしません。大体最近は会ってもいませんし。」

教師を辞め、片田舎で農業に勤しんでいる元同僚との関係は、そうそう気付かれないように振る舞っているつもりだが、 このベテラン教師兼忍者には感づかれているらしい。

それは雄三も薄々感じていたのだが、こんな場で話題に上げるとは。
姿と声色も相まって、つくづく気に食わんじじいだ、と苛立つ気持ちをここは抑えて軽く流すことにする。


「あらそうなのぉ、じゃあ頼み事しちゃおうかしら~」

「…は?」

「実はねぇ、今度は組の校外実習で杭瀬村まで行くことになったんだけど、その予定表、雅之助に渡すの忘れてて~。 新学期すぐだからなるべく早く届けたいんだけどぉ、あたしは組の補習でしばらく学園を離れられそうにないの~」

「私に届けて来いと?」

「駄目かしらぁ?ねぇ?」


駄目です、と一蹴できればどんなに楽だろうか。しかしどう断ろうか悩んでいるところに思わぬ追い打ちがかかった。


「駄目ぇ?あなたと雅之助の仲じゃないのぉ~、…この前だって用もないのに会いに行ってたの知ってるのよぉ?」

「!!」

後半は幾分小さな声で、周りは気付かず飲んだり騒いだりを続けている。 が、仮にもここにいるのは修練を積んだ忍者ばかりだ。誰が聞いて、後でどう使われるか分かったものではない。

「わかりました…行きます。」


これ以上何か言われないためにとりあえず引き受けざるを得なかった。


「そう?!ありがと~!!じゃ、これ、よろしくねぇ~」

どさ、と目の前に置かれた荷物に雄三は一瞬目を疑う。それは明らかに予定表、という薄っぺらいものではなく、 重箱の包みのようなものだったのである。

「…あの、何ですかこれ」

「雅之助、年末も正月も一人で寂しいだろうって食堂のおばちゃんがおせちとお餅作ってくれたの。持っていってあげて~」

「はぁ…」

「あ、みんな~、雅之助に渡したいものあったら今のうちよー!何かない~?」

「ちょ…っ」

待ってください、という声は、他の教師たちの声にかき消され、結局忘年会で余った酒だのつまみだのを散々持たされ、腐るとまずいからと、 雄三はその日のうちに大荷物と共に杭瀬村へと向かわせられることになったのであった。



―あの女装変態性悪おやじめ、いつか痛い目に遭わせてやる。

雪道を進みながら雄三はまた思い出して悪態を吐きたくなった。

しかし、自分も三十も半ばになったというのに、人のことを、じじいだの、 おやじだの言うものなのだと思うとおかしくなる。

二十歳になった頃は三十になれば立派にじじくさい人間になるものだと思っていた。

茶でも啜りながら若者に説教たれたり、落ち着いて達観した視点で物事を見ていたり、そんな風になっていくのだと。

しかし今でも、些細なことで腹を立て、たまに軽率な行動をし、いつまで経っても年上からは年下扱いされる。


まだまだだな。

ため息とも失笑ともつかない息が漏れた。






「はいはいどちらさん…ってなんじゃお前か」

ようやくたどり着いた目的の家の戸を叩くと、中からやはり三十半ばの男が出てくる。

「山田先生からの連絡と、…その他諸々だ。」

巨大な荷物をその男、―大木雅之助に渡し、任務を終える。
ここから先は個人的な用事になるのだろう。

「…泊まっても良いか。」

荷物の重さと寒さによる疲れが今になって押し寄せて来て、帰り道を辿るのが億劫になった。

「まぁ何も無くて良いなら構わんが。しかし…」

「どうした?」

「いや、これくらいで疲れるなんて、お前も老けたんじゃなあ!」

「な…っ!」

絶句する雄三を尻目に、雅之助はさも楽しそうに笑いながら家の中に入っていく。
その背中を見ながら、雄三はふつふつと何かが沸き上がるの感じた。


「――!!」

衝動的に雅之助の肩を掴んで引き倒す。
組み敷いて拳を顔の前に突きつける。

「誰が老けたって?」

「お前じゃお前、ホラ、髭に白髪が混じっとるぞ。」

そう言って指差しながら笑うその顔は二十代の頃から変わっていない。
しかし間近に見ると、やはり肌は若さからきていた瑞々しさを失い、引き締まっていた体も若干余分な肉がついている気がする。

自分が経た年月は等しくこの男にも流れているのだと気付くと雄三は目の前の男が無性に愛しくなって首元に顔をうずめた。

「それがどうした。お前だってじじ臭い匂いがしてるぞ。」

「構わん、その匂いが好きな馬鹿がいるんじゃからな。」

「ふっ…馬鹿か。」

「そうじゃ、こんな歳にもなっても若い頃と同じように馬鹿やって、わしら2人とも大馬鹿じゃな。」

「…早々に老け込んで楽しみを無くすくらいなら大馬鹿で結構かもしれん。」

「…結局まだまだわしら若いんじゃからな。」

「ふふ…」

「ははっ…」

体が熱い。疲れていたはずの腕にも足にも力が戻っていく。まだまだ、眠らずとも十分動けそうだ。

若い者には負けん。
年寄りにも負けん。


雄三の脳裏に妙案が浮かんだ。

「雅之助、一勝負どうだ?」

「望むところだッ!」




―まだ、夜更けというには早過ぎる。


終。

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はい、そーゆーオチでしたっていうね。いみふめーい。

そもそもは「ノムラサンタが来る」ってチラシからの発案だったんですが、 結局クリスマスもサンタも関係なくなりましたって話です。←

そして伝子さんが性格悪い…。

あと、野村匂いフェチになっちった(爆)。ついでに言葉遣い激悪…。
でも溢れんばかりの野村大木愛(むしろオヤジ愛?)をつめこみました…! サイト初の小説がこんなんで良いのか…!?